今回は、兄猫のお話です。
この猫は、ミーちゃんと違って人間が大好きです。玄関に誰かが来ると、必ずお出ましして挨拶します。ですので、実はシロちゃんの方が、写真は沢山あるのです。カメラニャーマン?


ついでに同じころのお転婆なミーちゃんです。
2010年6月の夏のシロちゃんです。

2011年3月6日のシロちゃんとGFの猫です。道で出会ってシロと呼ぶと、きちんと挨拶します。家の近くの路上で、ツーショットです。
上の猫と別猫のようで、シロは毛深くなってます。実際体重も夏と冬では1キロ以上差がありました。が、自然と夏になると細くなるので、「シロ、どうやってダイエットしたのか?」と太り気味の人間が二人ほど聞いてました。太ると毛繕いも大変そうで、襖や柱に寄りかかって毛繕いしてました。重い時は、6キロ近くありました。

この5日後の東日本大震災で、この茶トラの猫は亡くなった模様です。もうお分かりでしょうが、シロとミーちゃんは地震と津波から生還しているのです。

2011年3月23日撮影です。震災後、津波の後の瓦礫を片付けている最中の周囲の様子です。シロは、何を考えているのか?目の前の水溜りの水が飲めるかどうかかもしれないし、いなくなってしまったGFのことかもしれません。
猫たちは、津波で壊れた家の外壁の穴から出入りし、床下で追いかけっこをしてました。この猫たちが無事であったことで、心が随分と癒されました。震災前シロは、午後は日当たりの良い2階のこの椅子の上で昼寝をしてました。ので、濡れずに地震と津波をやり過ごしたようです。

ミーちゃんは、日が暮れてから濡れて2階へたどり着いたそうです。2匹に震災当時の事を聞きたいものです。家は、大規模半壊と認められ、御見舞金など頂き、周囲の協力や力添えがあって無事修復できました。感謝いたします。

ミーちゃんは、修復してた頃は、2階の押し入れの天袋の中へ逃げ込んでました。猫相も不安げな表情です。もともと人嫌いであったので、ますます人に近寄らなくなりました。外壁も穴が開いていたので、よその猫が餌を嗅ぎ付けて入ってきてました。2011年4月2日のミーちゃんです。
話は変わり、大震災の前に遡ります。私の父は2009年9月に85歳で永眠しました。晩年、余り出歩けなくなった父は、シロと一緒に家で留守番する時間が多かったようです。あるとき、シロがこれまで乗ったことのないサイドボードの上にいるのです。そこには、父の遺影がありました。

なんでだか…、祭壇の前に寝転ぶシロです。

仏壇を入れました。猫は高い所が好きですね。2010年5月頃で、仏壇に上がるとシロは母によく怒られてました。

2010年8月15日父の新盆です。その祭壇の前で2匹でじゃれあってます。こんな光景が目の前にあると、流石に父も笑って眺めているのではないかと思われます。シロちゃんの話はひとまず終わります。
